日本の状況と比較すると、イスラエルの世俗派が抱く「理不尽さ」の正体が見えてきます。
1. 「敬意」の不在
日本の若者は「今の高齢者はずるい」と言いつつも、彼らがかつて働き、国を作ってきた功績への敬意が心のどこかにあります。
しかし、イスラエルの世俗派から見れば、超正統派の多くは「一生一度も働かず、納税もせず、国防もせず、ただ祈っているだけ」の人たちです。
「自分たちの自由を削って、なぜ国に貢献しない人を養わなければならないのか」という、根本的な正義感の衝突が起きています。
2. 「数」の恐怖(逆ピラミッドではなく「膨張」)
日本は高齢者が増えて若者が減る「縮小」の悩みですが、イスラエルは「自分たちと価値観が正反対のグループが爆発的に増える」という恐怖です。
出生率の差: 一般的な世俗派が子供2〜3人なのに対し、超正統派は平均6〜7人です。
将来予測: 2050年にはイスラエルの子供の約半数が超正統派になると予測されており、世俗派にとっては「自分たちが作った民主国家が、いずれ宗教勢力に合法的に(選挙で)乗っ取られる」という、国家消滅に近い危機感があります。
3. 「命」の不平等
これが日本との決定的な違いです。イスラエルの世俗派は「命」を懸けています。
世俗派の若者は最前線で命を落とすリスクを背負っているのに、同年代の超正統派は冷房の効いた部屋で聖典を読んでいる。
この「命の負担の不均衡」は、単なる経済格差を超えた、癒えがたい感情的な溝を生んでいます。
4. 逃げ場としての「国外」
イスラエルの世俗派(特にハイテク層)は英語も堪能で、スキルも世界レベルです。
「こんな理不尽な国にいるより、シリコンバレーや欧州へ行く」という実力行使(移住)が容易であるため、国を支える層がどんどん抜けてしまうのです。
いわば、「働かない同居人の生活費を一生払い続け、さらにその同居人がどんどん子供を増やして家を占領しようとしている。おまけに家の外の敵と戦うのは自分だけ」という状況です。
これでは、愛国心だけで踏みとどまるのは限界に近いと言わざるを得ません。
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